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2010/11/01 (Mon) ラヴズ・ボディー生と性を巡る表現
faded sunflower

写真美術館で、エイズをテーマにした写真展「ラヴズ・ボディ」をみた。
会場に入ってすぐに、ウィリアム・ヤンの連作《アラン》がある。
元恋人のエイズで亡くなるまでの18枚に、すこやかだったころの1枚を足した19点。
1枚1枚に、ヤン自身の手記が添えられている。

胸を衝かれた。ひどく身近だったから。
同性愛者やエイズによる死を、社会は「特別」で「ドラマチック」なものだと見る。
でも、だいすきなひとが男性でも女性でも、病気が心臓病でもエイズでも、
「だいすきなひとが失われていく」悲しみや痛みは、きっと何も変わらない。
それなら、どうして区別され、差別されなければならないのだろう。

マジョリティとマイノリティの差は、数じゃない。
線のひきかたを変えれば、マジョリティはマイノリティで、マイノリティはマジョリティ。

線を引かなくていい世界に、なりますように。
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2010/09/24 (Fri) かけがえのあるひと
solitude

もし、自分の名刺を目の前で折られたり破られたりしたら、どんな気持ちになるでしょうか。まるで自分を否定されたかのように感じ、怒りさえ生まれてくるはずです。また、何かの間違いで、自分の籍や名前が無くなっていたとしたら、自分の存在が無いかのように社会は扱うはずですし、自分自身も自分の存在について希薄さを感じたり、逆にある種の自由さすら感じることが予想されます。
―佐藤雅彦/展覧会“これも自分と認めざるをえない”企画概要


じぶんが自分でいることが、ここのところたまらなく窮屈だった。からだが女性であることの煩わしさ、両親の娘であることの責任、手帳を埋め尽くしていく仕事。原油に濡れた水鳥のように、毎日に絡め取られていた。

このままでは潰れる。上司に休暇を申し出て、六本木に向かった。無機質なコンクリートの壁と床。指先を台の上にのせた。大学のフォト・ラボにあったライトボックスのような光の箱の中に、私の人差し指の指紋が、おたまじゃくしのように泳いでいった。

六本木から日比谷線で恵比寿へ。オノデラユキさんの写真展を観たあと、恵比寿ガーデンプレイスのベンチに座って、風に吹かれた。平日の恵比寿は人の気配が遠い。すごくひとりだ、とおもった。通りすぎるひとのうち誰も、私が誰か知らない。関心もなく、期待もしない。何週間かぶりで呼吸をした。

私はすきなひとたちが笑っていなかったら気になるけれど、笑っていれば気にならない。私がいることで笑ってくれたら嬉しいけれど、私がいなくても笑ってくれたらもっと嬉しい。そういうすきもあるのだと、わかってほしいと願うのは、わがままなことなのかな。

2010/02/28 (Sun) 国立科学博物館
国立科学博物館に初来館。予想外に広く、展示物も多彩で、微化石の企画展だけで1時間が経過。ミジンコの1/1000~1/100ほどしかない珪藻、ハプト藻。数億年前からMoMaに飾られていてもおかしくないほど美しく精巧なデザインを完成させている。人間は自然にまったく追いついていない。

蝶の鱗粉の電子顕微鏡写真を観察。先が桜の花びらのように割れ、細かく穴があいている。軽量化のため?電子顕微鏡だと色が見えないのが残念。大学生の頃、教授に「なぜモンキチョウは黄色で、桜は桜色なの?」と子どものような質問をしたのを思い出す。科学はまだそれに答えられないと先生はいった。

日本は古く大陸から分離され、かつ海峡で南北に断続されているため、同じくらいの面積の島国である英国やニュージーランドに比べても固有種が多いそう。「英国固有の鳥は1種」と書いてあるのが気になる・・・どの鳥?イメージとしてはロビンかクロツグミであってほしい。

気になって調べてみた。マザーグースでパイから出てくるBlack birdはほんとうはクロウタドリで、クロツグミは東アジアにしかいないそう。「ライオンと魔女」の Turkish Delight→プリンみたいに、日本人に分かりやすくするための意図的な誤訳なのかな。

新しく何かを知ると、新しい疑問がうまれて、もっと新しいことを知りたくなる。博物館のたのしさはそこに尽きるとおもう。今年は国際生物多様性年、あと2週間強で大哺乳類展

trees reflection

2010/01/31 (Sun) 同じ時代の
恵比寿の写真美術館に行きました。今回のお目当ては、いま生きている、新進の写真家さん6人が撮った「旅」の展示。展覧会だけではなく、トークショーにも足を運んでみました。トークショーは初めてでしたが、お話を聞く前と聞いた後で写真の見え方というか、見る深度が変わって、おもしろかったです。同じ日に木村伊兵衛/ブレッソン展も見たけれど、木村さんにはもう、直接お話をきくことができない。同じ時代に生まれ、生きているという幸運。

以下、トークショーでお話をきけた3人の写真家さんたちについてメモ。

出発―6人のアーティストによる旅/東京都写真美術館

■石川 直樹さん
1977年 東京生まれ。展示作は富士山。…といって思い浮かぶような「三角形の山が遠くに悠然とそびえていて、夕陽が照り映えている」という写真は1枚もない。彼の写真の富士山は、ごつごつと黒い山肌をさらしている。麓の町の火祭り、樹海に生える草、誰もいない斜面、白く骨のように立つ鳥居、きりたった崖。山とおなじ三角形に展示された作品群は山頂に近づくほど厳しさを増していく。「絵葉書や浮世絵のような富士山は撮りたくない」とヘリコプターを寄せたり、離れたりしながら単焦点レンズで撮っている彼の写真は「自分が見たままがうつらないのが面白い」のだそう。

■百々 武さん
1977年大阪府生まれ。日本の島々に着目している。北海道の雪嵐の中"ナマ脚”で歩く女子高生、沖縄の畑で腰を下ろす男性、彼の撮る島の風景には、必ず人がいる。「人しか撮りたくない」という彼は、でも、撮った写真を自分がそのとき、その場所にいたことを示す「自分ドキュメンタリー」でもあるといっていた。ときには畑の中で何時間も雑談してから、ときには銭湯の中で自分も裸のまま撮っている写真が、単なる他者の記録であるはずはない。

■内藤 さゆりさん
1978年広島県生まれ。展示作はポルトガルの風景。日本にとっての最初の西洋だったポルトガルがいまも長崎出島の印象のままなのを不思議に感じ、新婚旅行に旦那さまをほったらかしにし、いまのポルトガルを撮ったそう。光と色彩に溢れた写真は、そこにあった現実の風景というより、「私にはこう見えた」という彼女なりの真実の風景。正方形の写真を撮る理由は「時間はどんどん過ぎていくから、縦か横かを悩みたくない」。ふんわりした写真は、ふんわりしたきもちからではなく、ふんわりした写真を撮るという固い意志から生まれているのかもしれない。

写真は公園のミツマタ。
winter white


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はなび

Author:はなび
犬、紅茶、写真、美術館、お風呂、本、日本語がだいすき。2006年3月から、EOS Kiss DNと一緒にたのしくお散歩をしています。文章と写真は関係がないことが多いです。写真だけをまとめてご覧になりたい方は、hanabi days on flickrへもどうぞ。

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