2006・04

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2006/04/30 (Sun) ふらり小金井
「はなびが撮る旅の写真は、どこに行ったのか良く分からない」。母はよくそう言います。確かに私が撮った写真のネガを見ると、どこに行ったか良く分かる風景の写真は1/3に満たず、残りは、大仏の肩にとまる鳩とか、ノートルダム寺院の高い塔のもとにうずくまるゴブリン像とか、エンパイア・ステート・ビルディングに置き忘れられたテディベアとか、誰かの笑顔とか、誰かの笑顔とか、誰かの笑顔とか、そんなのばかりです。

たまには、建物や風景を撮ってみよう。そう思い立って、東京・小金井市にある「江戸東京たてもの園」に行ってきました。「江戸東京たてもの園」は、1993年に開園した野外博物館。約7ヘクタールもの敷地に、江戸時代から昭和初期までの建物27棟が、当時の姿に復元され、建ち並んでいます。いくつかの建物は、『千と千尋の神隠し』の油屋のモデルになったことでも有名です。「高橋是清邸」の庭園で写真を撮っていたら、通りすがりのひとが「この灯篭も千と千尋に出てくるんだよ」と教えてくれました。

et_elephant_smile.jpg


tourou


それにしても緑と光がきもちいいです。すずめもきもちよさそう。

suzume.jpg


…建物を撮りにきたんでした。気を取り直して、東ゾーンの「仕立て屋」付近。明治初期に現在の文京区に建てられた町屋です。

et_shitateya.jpg


建物の中には当時の暮らしを偲ばせる道具や商品が並べられています。写真は昭和5年頃の和傘問屋「河野商店」、昭和10年頃の荒物屋「丸二商店」の商品たち。「この瀬戸物いいね」なんて話している夫婦連れの来園者がいたりして、ちょっとだけ買い物客の気分になりました。

karakasa


et_soap.jpg


old_ceramics


日曜日には広場に紙芝居のおじさんが来てくれることもあります。
「そこで次郎はひとっ走りだ。何を持ってきたか分かる人いるかい?」
「はーい、はーい」

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園の中ほどにある洋館「大川邸」…のキッチン……の中の松ぼっくり。
建物を観よう、撮ろうとおもっているのですが。

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江戸時代の民家「吉野家」…の庭園……の勿忘草に止まるハチ…。

forgetmenot_bee.jpg


母に写真を見せたら、いつものように「どこよ、ここ」と言われました。やっぱり?
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2006/04/30 (Sun) 退屈虫
どうも私は、時間を持て余すとホットケーキを焼いてしまうらしい。
今日はいつもと少し趣きを変え、生地の半分に胡麻を入れてみました。
ベッドの中で本を読んでいるのにもいい加減飽きたので、明日は出かけます。
例え風邪が悪化しようとも。

pancake_goma


2006/04/30 (Sun) 「少々おむづかりのご様子」
ある夏の日、鈴木さんが学校から帰るとき、後をつけて、気付かれないように、気付かれないようにとブロック塀の陰に隠れ、そっとそのブロック塀に両手を添えて、その陰から鈴木さんの後姿を見つめる。そして、『フニクリフニクラ』を大声で唄って、鈴木さんが振り向くか振り向かないかでスッと隠れる。隠れて、ふとブロック塀に自分の両手が添えられていることに気付く。ザラザラしているブロック塀の感触が手のひらに伝わってきて、自分だけの世界に入る。親指を立てて、もう一度ブロック塀を親指の先でこすってみる。ザラザラしていると感じて、そして口に出してシリアスに、「ザラザラしている」と言ってみる。その言葉が意味に伝わってくる。またブロック塀の陰から覗くと、鈴木さんの姿は坂道を小さくなって登って、もう少しで見えなくなってしまう。ゆっくり姿を出し、ブロック塀に沿って歩き出す、鈴木さんの姿を見失うまいと。手を伸ばし、指先でブロック塀をさわりながら・・・。ああ、頭の中がデタラメになってきた。
―竹中直人『少々おむづかりのご様子』


竹中直人のエッセー集を読んでいます。私は、竹中直人と聞くと、真っ先に『Shall We Dance?』に出てきた、会社の廊下を直角にきゅっと曲がってしまうひとを思い出します。つまり、俳優としての彼。だから、本当のことをいうと、文章にはあまり期待していませんでした。

でも、さすが映画を撮るだけのことはありますね。作家のような”こなれた”文章ではありませんが、ときどき映画の1シーンのような表現が出てきます。それがまた、ペーソスに溢れていて、可笑しいのに、哀しい。「悲しい」文章はテクニックがあれば書けますが、「哀しい」文章は経験がないと書けません。本当は芸達者で、賢いひとでなければ、道化はできないんです。

残念だったのは、作中に出てくる映画をあまり知らなかったこと。映画について、あるいは俳優について熱く語るエッセーが多いので、映画をもっと良く知っていたら、もっと楽しく読めたのではないかとおもいます。とりあえず、竹中氏が情熱をもって勧めていた『仕立て屋の恋』を近いうちに観てみる予定です。その感想は後日またここで。

2006/04/29 (Sat) 無常
相変わらず鼻で息ができません。口をぱくぱくさせていると、何だかこう、金魚の気持ちです。ご近所さんに良い病院を教えてもらったのですが、電話してみたら「6日までお休みさせていただきます」とテープが流れました。しばらく金魚でいるしかないみたい。

お家でおとなしくしていると暇で暇でしかたないので、「成分解析」をしてみました。

はなびの64%は嘘で出来ています
はなびの21%は歌で出来ています
はなびの9%は成功の鍵で出来ています
はなびの6%は理論で出来ています

一言でいうと貧乏詩人、もしくは香具師という感じがします。縁日でガマの油とか売ってそうです。ちなみに本名だと、

62%は世の無常さで出来ています
30%はミスリルで出来ています
5%は言葉で出来ています
3%は理論で出来ています

ミスリルはトールキンの『指輪物語』に出てくる架空の金属で、鉄よりも硬く、銀の輝きを持つことから、「まことの銀」とも呼ばれます。約1/3がそれでできているというのは、ちょっと嬉しいかも。

画像は風邪薬を買った帰りの椿。初めて撮った椿と同じ樹です。たった2ヶ月で全く違う表情を見せてくれます。世界は無常、だからこんなにも綺麗。

shizuku


2006/04/28 (Fri) 飛石出勤
お仕事に行ってきました。今週は結局2日しか行けませんでした。来週は月、火とお休みをもらう予定だったのですが、1日は出ないとたまってしまった仕事がさばけそうにもありません。切ない。

画像はランチタイムに職場近くの公園で見かけた鯉のぼりです。お父さん、お母さん、4人兄弟がビル風に吹かれて泳いでいました。一眼レフを持って歩くと息があがって咳が出てしまうので、今日のカメラはCasio Exilimです。手のひらに乗る相棒。

koinobori


2006/04/27 (Thu) 栃乙女
風邪にはビタミンC、ということで、苺を買いました。
それにしても小さい苺だ。フォークがやけに大きく見えます。

ichigo


2006/04/26 (Wed) 「アフターダーク」
村上春樹の書き下ろし長編『アフター・ダーク』を読みました。この作品、ハルキストの知人から「村上春樹らしくない失敗作」と聞いてしばらく読むのを控えていたのですが、予想よりすんなりと読めました。ただ、従来のファンが違和感を覚える気持ちも分かる気がしました。

その理由の一つは、おそらく視点の遠さ。小説の中で、作者は、通常登場人物の一人として登場するか、「神」として物語を俯瞰で眺めるものです。でも、この作品では、作者は登場人物でも「神」でもない。登場人物を撮っているカメラの映像を、読者と一緒に見ている傍観者なんです。それが端的に分かるのが次のような表現。

私たちの視点としてのカメラは、細部の観察を終えるといったん後方に引き、部屋全体をあらためて見渡す。そしてどうしたものか気持ちを決めかねるように、しばらくのあいだその広い視野を保持している。視線はとりあえずそのあいだ、ひとつに固定されている。含みのある沈黙が続く。しかしやがて、何か思い当たったことがあったらしく、部屋の片隅にあるテレビに目をとめ、そちらに向かって接近していく。黒い真四角なソニーのテレビだ。

まるで映画の脚本のト書きのようです。対象物との距離も、そこに視点を留める時間も、クロースアップから引きに入るタイミングも、セットの小道具も全て書き込まれている。これは映画のノベライゼーションではよく見かけても、村上春樹作品(特に初期作品)にはなかった手法だとおもわれます。

もうひとつの理由は、物語のさわやかさ。今までの村上春樹の作品は、一見普通の世界を描いていても、どこか心をざらざらさせるようなところがあったようにおもいます。『ノルウェイの森』の井戸の深い闇とか、『スプートニクの恋人』のスプートニク号の窓から見える宇宙の虚しさとか、『海辺のカフカ』の猫の惨殺シーンとか。この世にあってはいけないものを見てしまったような、だから最後まで読まずにはいたたまれないような、怖さがあったようにおもうのです。この作品からは、そういう「いけない怖さ」があまり感じられなかった。読んでいる途中で時計を見て、ああもう晩い、栞を挟んで残りは明日読もう、と安心しておもえる余裕が残されていた。怖くて朝までかかって全部読んでしまった『ねじまき鳥クロニクル』の頃と比べると、怖くなくなったな、と感じてしまうのです。

それでも、心に残った言葉は、風邪で寝込んでいたときに読んだどの本よりも多かったです。少し長いですが、印象に残ったパッセージの中から、記憶に関するものをふたつ、書き記しておきます。

高橋は微笑んでマリを見る。「つまりさ、一度でも孤児になったものは、死ぬまで孤児なんだ。よく同じ夢を見る。僕は七歳で、また孤児になっている。ひとりぽっちで、頼れる大人はどこにもいない。時刻は夕方で、あたりは刻一刻と暗くなっていく。夜がそこまで迫っている。いつも同じ夢だ。夢の中では、僕はいつも七歳に戻っている。そういうソフトウェアってさ、いったん汚染されると交換がきかなくなるんだね」
 マリはただ黙っている。
「でもそういう面倒なことは、普段はなるたけ考えないようにしているんだ」と高橋は言う。「いちいち考えても仕方ないことだからさ。今日から明日へと、ごく普通に生きていくしかない」
「たくさん歩いて、ゆっくり水を飲めばいいのね」
「そうじゃなくて」と彼は言う。「ゆっくり歩いて、たくさん水を飲むんだ」

◇◇◇

 コオロギはテレビのリモコンをまだ手にもったまま、そこに立っている。
彼女は言う、「それで思うんやけどね、人間ゆうのは、記憶を栄養にして生きていくもの何やないかな。その記憶が現実的に大事なものかどうかなんて、生命の維持にとってはべつにどうでもええことみたい。ただの燃料やねん。新聞の広告ちらしやろうが、哲学書やろうが、エッチなグラビアやろうが、一万円札の束やろうが、日にくべるときはみんなただの紙きれでしょ。火のほうは『おお、これはカントや』とか『これは読売新聞の夕刊か』とか『ええおっぱいしとるな』とか考えながら燃えてるわけやないよね。火にしてみたら、でもただの紙切れに過ぎへん。それとおんなじなんや。大事な記憶も、それほど大事やない記憶も、ぜんぜん役に立たんような記憶も、みんな分け隔てなくただの燃料」
 コオロギは一人で肯く。そして話を続ける。
 「それでね、もしそういう燃料が私になかったとしたら、もし記憶の引き出しみたいなものが自分の中になかったとしたら、私はとうの昔にぽきんと二つに折れてたと思う。どっかしみったれたところで、膝をかかえてのたれ死にしていたと思う。大事なことやらしょうもないことやら、いろんな記憶を時に応じてぼちぼちと引き出していけるから、こんな悪夢みたいな生活を続けていても、それなりに生き続けていけるんよ。もうあかん、もうこれ以上やれんと思っても、なんとかそこを乗り越えていけるんよ」

―村上春樹『アフター・ダーク』

2006/04/26 (Wed) 男前豆腐
話題の「男前豆腐店」のお豆腐を食べてみました。その名も「風に吹かれて豆腐屋ジョニー」。四角いお豆腐とも、丸いざる豆腐とも違う、ユニークな形のパック入り。半分にしても、私の手のひらに乗らないビッグサイズです。

でも、あっという間にぺろりと食べてしまいました。舌触りが柔らかくて、きめ細かで、お砂糖が入っているみたいに甘いんです。そして、お醤油も薬味も要らないくらい風味が強い。「豆乳プリンだよ」と言われて、カラメルソースをかけて出されても、違和感なく食べてしまったのではないかとおもいます。

と、こんなことを書いていたら、こんな記事を発見。「男前豆腐店」のサイトに行くと、「喧嘩上等やっこ野郎」、「Johnny Brown」などの姉妹品の情報を見ることもできます。豆腐同様、男前なウェブサイトです。ぜひご一読を。

追記。私の風邪を心配してくれたともだちの皆さん、ありがとう。今日からお仕事に復帰したのでお見舞いも買い出しもだいじょうぶだよ。もっと長いセンテンスを話せるようになったら遊びに出よう。よろしく。

johnny


2006/04/25 (Tue) 豆乳シチュー
hanabi daysがここ数日、読書ブログになっている理由。
それを一言でいうと「管理人が風邪をひいているから」。それに尽きます。

全く酷い風邪をひいたもので、日曜日から1歩も外に出られません。しかも、お医者さんに「飲むな」「動くな」「話すな」「風呂に入るな」と釘を刺され、おいしいものを食べることも、カメラを提げてお散歩に行くことも、ともだちとヘンな話をして笑うことも、ゆっくりお風呂に入ることもできません。せっかく仕事がお休みなのに、何てツマらない人生だ!(というか仕事は病欠してるんですが)

そんなわけで、ベッドに10冊の本とPCを引き込んで、読んでは書評を書いています。そろそろ読む本も尽きてきました。

でも、今日つくった豆乳シチューは、久々に食べものの味がしました。
また息が苦しくて長いセンテンスは話せませんが、明日は外に出たいなあ。
風邪で死ぬ気はしないけれど、このままだと退屈で死にそう…。

stew


2006/04/25 (Tue) 「負け犬の遠吠え」
和風であれ、踊りであれ、旅であれ、手芸であれ。それぞれのアディクション症状からは、それぞれ違った臭いのイヤ汁が出ています。和風趣味に走った負け犬の、イマイチ趣味の良くない安手の着物をゆるい着付けで着ている姿から垂れる、ちょっと貧乏臭いイヤ汁。相手が講談師であろうと香港映画スターであろうと、おっかけに熱中する人からしたたる、モテなかった過去というものが煮詰まってできたようなイヤ汁。舞踏アディクションの人は汗と共にイヤ汁をも流し、旅行アディクションの人は行く先々で旅のイヤ汁をかき捨てる。そして手芸アディクションの人は、ひと針ひと針、イヤ汁のステッチを布の上に残していくのです。
―酒井順子著『負け犬の遠吠え』


一時期社会現象になった『負け犬の遠吠え』を読んでいます。面白いです。ものの分類とネーミングが、とにかく巧い。「勝ち犬」「負け犬」という言葉ばかりが知られていますが、他にも「あるある!それだよ!」とすっきり納得できる表現でいっぱいなのです。

例えば、冒頭の「イヤ汁」。著者によれば「未婚のまま生腐りしていきそうな女性たちからしたたり落ちるかに見える、イヤーな汁」の意だそうです。これは、言い得て妙。確かに、何かに没頭して何かをしたたらせている人、いますね。私も、道端に座り込んで写真を撮っているときや、本屋さんで本を漁ったりしているときに、きっとしたたらせているじはず。このブログだって、イヤ汁を煮詰めたインクで書きつづっているようなものかも。うーん、イヤ!

でも、酒井氏のほんとうの巧さは、観察の鋭さやネーミングセンスではなく、誰も敢えて書かなかった「恥ずかしさ」を、すんなり書いて笑いにする表現力だとおもいます。例えば、駅の階段で派手に転んでしまったとき。いちばん悲しいのは、通り過ぎる人たちが「あーあ」という顔をしながら、見て見ぬふりをすることだとおもうのです。いっそ、誰かが笑ってくれたら。誰もがそう感じながら、埃のついてしまったスカートの乱れを直し、散らばったバッグの中身を拾って歩き出す。酒井氏は、こういうときに傍にいて、「なに転んでるの。パンツ見えそうだったよ」と言って笑ってくれる、ともだちのようなものではないかとおもいます。

女性で30代、独身が「恥ずかしい」けれど「誰も笑ってくれない」ことになってしまった時代。それが正しいか、間違えているかは分からないけれど、「恥ずかしい」と感じている人がいる以上、一緒に笑ってくれる人も必要なのではないかとおもいます。30歳、35歳になったらまた読み返したい本です。

2006/04/24 (Mon) 密室放火事件
息苦しさに目が覚めた。部屋中が白い煙に覆われていた。
ベッドサイドに脱ぎ散らかした衣類が燃えていた。
とにかく窓を開けなければ―おぼろげな意識の中で手を伸ばした。


…なんていう話は小説か2時間ドラマの中にしかないとおもっていましたが、今朝、実際に体験してしまいました。原因はたまたまつけっ放しにしたまま寝てしまった電気スタンド。たまたま横倒しになった拍子に電球の部分がむき出しになり、それがたまたま置いてあった化繊のワンピースに火をつけてしまった模様。運よく目が覚めて火を消せたから衣類2着、タオル1枚の被害で済みましたが、運が悪かったら火事になるところでした。皆さんも「たまたま」には注意してくださいね。

ところで、ワンピースは母からの借り物なのですが、返せといわれたときにどう説明したものか、今から頭を抱えています。燃えたなんていったら、ものすんごい怒られるんだろうな…。

2006/04/22 (Sat) ベランダ殺人事件
歩こうとして、ぬめりと温かい液体に足を取られた。
生々しい赤に目を奪われる。血だ―。
そう思った彼女の手が、小さく震えた。


…なんていう話は小説か2時間ドラマの中にしかないとおもっていましたが、今日、洗濯物を干しているときに現実に体験してしまいました。幸い知らない人の変死体が転がっていたりはしなかったのですが、ふくらはぎに切り傷ができていて、気づけばベランダ用サンダルが血でべったり。あと少しで自分の血に足を取られて転ぶところでした。一体、いつ、何で傷をつけたやら。

タオルやティッシュで止血してもなかなか止まらず、バンドエイドも切らしていたので、流血したまま薬局へ。そして、駅のトイレでバンドエイドを3つ貼り、そのまま外出。すれ違った小学生くらいの女の子に、上から下までなめるようにしげしげと見られてしまいました。

ちっちゃい子じゃなくたって、怪我くらいするやぃ。

2006/04/22 (Sat) 命をつくるもの
セラピストをしているともだちに会いました。髪に顔をうずめて、「いいものを食べてるね」と、彼。見ただけで食べ物のよしあしまで分かっちゃうなんて、凄腕だ。と感心したら、「いいもの食べてる匂いがするから。君は甘いものばかり食べてると甘い匂いがする」。…それはそれで凄い話かもしれない。

2006/04/20 (Thu) 君のためなら
むやみに仕事がすんなり進む日でした。特に依頼、お願いごとがスムーズ。

「最新の社員リストがほしいのですが」
「すぐに送ります。はなびさんのためなら!」

「明日予約している会議室を代わりに使っても良いでしょうか」
「いいですよ。はなびさんのためなら!」

「PCにトラブルが出ているのですが」
「それじゃ、いま伺います。はなびさんのためなら!」

一体みんな何なの…?内線電話を取ると、相手のひとがちょっとだけ驚いた声になるのも気になります。謎は夕方、隣の部署のひとの一言で解けました。

「はなびさん、むっちゃくちゃ声変わってるよ。早く帰って寝たほうがいいよ」

風邪で声が明らかに変わっているから、みんな、私の仕事が早く終わるように気をつかっていてくれたようです。自分ではほんのちょっとハスキーになっている程度だと思っていたのですが、かなりキてるみたい。おかげさまで、18時に帰りました。みんな、ありがとう!

2006/04/19 (Wed) 「蛇にピアス」「蹴りたい背中」
「何やってんだよばかやろー」
 絞り出すように言った私の言葉は、自分でも驚くくらい情けなかった。アマは私の隣にしゃがみこむと血まみれの右手を出し、こぶしを開いた。そこには一センチ程の赤い物体が二つ。すぐに、あの男の歯だと分かった。背中に一滴冷水を垂らされたような感覚が、私の全身の毛という毛を逆立てた。
 「ルイの仇、取ってやった」
-金谷ひとみ『蛇にピアス』



頭の尾っぽを振りながら、絹代は机を囲んで大騒ぎしている雑草の束のもとへ走っていく。どうしてそんなに薄まりがるんだろう。同じ溶液に浸かってぐったり安心して、他人と飽和することは、そんなに心地よいもんなんだろうか。私は、余りものも嫌だけど、グループはもっと嫌だ。できた瞬間から繕わなければいけない、不毛なものだから。
-綿谷りさ『蹴りたい背中』



今更ですが、第190回芥川賞受賞作品2作を読んでいます。

1冊めは金谷ひとみ著『蛇にピアス』。蛇のように先が2つに分かれた舌をスプリット・タンというそうです。舌にピアスを空け、少しずつ穴を広げ、最後に残った所を切るのだそうです。『蛇にピアス』は、主人公の「ルイ」がスプリット・タンを持つ「アマ」に出会うところから始まります。全編を通じてボディピアスやタトゥー、SMと肉体的に痛そうな話が続きますが、そういったディーテイルを除けば、テーマも人物もストーリー展開も、ごくノーマル。すいすい読めます。似ている、といわれた村上龍著『限りなく透明に近いブルー』よりも読みやすいようにおもいます。この作品のテーマは…とか、現代社会の病理が…なんてややこしいことを考えたくない方は、ひとつのラブストーリーとして読んでみてください。


2冊めは綿谷りさ『蹴りたい背中』。センセーショナルなディーテイルがいっぱいの『蛇にピアス』とは対照的に、限りなく普通な描写が続きます。生物室の水槽の藻の匂い。プロジェクターの光に浮かぶ埃。水着に着替えるときに使う、輪っかになったバスタオル。プラスチックのお弁当箱。誰でも簡単に共感できるであろう、普通の時間が流れています。でも、だからこそリアルな不快感がある。主人公「ハツ」の疎外感や、孤独さ、サディスティックな衝動に、プールの塩素くさい水をたくさん飲んでしまった後のような不快感を感じました。どんな学生生活を送ったかで受け取る印象は違うかも。ともだちにも感想を聞いてみたくなる作品です。

2006/04/18 (Tue) 「バカな大人にならない脳」
素敵な本に出会いました。
養老孟司著『バカな大人にならない脳』。
『バカの壁』で有名な脳科学者/医師の養老先生が、
メールで寄せられた子どもたちの質問に真面目に答えています。

「バカって治るんですか?」

「勉強ができる子はスポーツができなくて、スポーツができる子は
 勉強ができないことが多いのは、どうしてですか?」

「はやく寝ないとバカになるってほんとうですか?」

「くしゃみをすると、脳ミソがでますか?」

うんうん、お姉さんも知りたいよ、それ!
科学的な裏づけと常識のある回答が載っています。
子どもたちにはもちろん、大人にも読んでほしい本です。

2006/04/17 (Mon) 薫りたつような
天気が良かったので、職場にカメラを持っていきました。
急いでランチを食べ、カメラバッグを斜めがけしてダッシュ。

と、そのわずかな間に、ゴミ箱に捨てようと手に持っていた
ミニパック入りしそドレッシングの余りを、カメラバッグに
かけてしまいました。幸い、カメラには支障はなかったのですが。
エレベータの中で乗り合わせた他社のお姉さんが、
鼻をひくひくと動かして、「何か、酢の匂いがする…」。
ごめんなさい、それは私。

画像は酸っぱい匂いを漂わせながら撮った八重桜。
過ぎてみれば甘酸っぱい記憶…にはならないね、きっと…。

yaezakura_bouquet


2006/04/16 (Sun) くちポケット
トフィーは、耳だけでなくほっぺたもたれています。
なので、横向きに寝ると、ほっぺたと下あごの間に隙間ができます。

名づけて、くちポケット。

くちポケットは、トフィーが安心しているときにしかできません。
いたずらで指先を入れたりすると、きゅっと閉まってしまいます。
5分くらい経つと、ゆっくり開いてくるのだけれど。

最近では、くちポケットを見ても指先を伸ばさず、
温かく見守れるようになりました。私も大人になったなあ。
寝ている犬を見ると思わず鼻の穴を片方ふさいでしまう、と
言っていた同い年のともだちがいますが、彼女ももう、
鼻の穴をふさがなくなったのだろうか。

kuchimoto

2006/04/15 (Sat) かばさん
実家に帰りました。
マットに寝ているトフィーの横に寝そべったら、食器棚の下に
トフィーのおもちゃの、かばさんのぬいぐるみを発見。
マットの端に乗せたら、少し後ずさって、場所を空けてくれました。
あいかわらず犬ができてます。

kabasan


2006/04/14 (Fri) おいしい写真
恋の実況中継をしてくれていた会社の先輩が、「男の料理教室」に通い始めました。めでたくも恋が実り、彼女においしい手料理を食べさせてあげたいとおもうようになったらしい。今夜はクスクスを作ってあげるのだと、職場のPCでものすごくおいしそうなクスクスの写真を見せてくれました。

それに触発され、今日は晩御飯(の一部)を激写。手前から時計回りに、サラダ、ラタトゥイユ、鶏肉と茸のソテー。…おいしそうな料理写真を撮るには、まず料理そのものがおいしそうでなければならないということを学びました。

と、ともだちに話したら、「いや、それより先に、触発されるとこ間違ってる」と。正しい20代女性としては、「私も写真を撮るぞ」ではなく、「私もアツい恋をするぞ」とめらめらしなければいけないトコロだったらしいです。そんなもの?

blunch


2006/04/13 (Thu) はずむ紅茶
ミルクフォーマーを落として割ってしまいました。しかも、カプチーノをつくっているときではなく、鉢植えのお花に水をあげているときに。無念だっただろうね、ミルクフォーマー…。天国ではもっと手元がしっかりしていて、水やりにはじょうろを使うひとに巡りあってほしいものです。

そんなわけで、今日は朝から丁寧に紅茶を淹れました。汲みたての水道水を、しっかり沸騰。中の見えるガラス製のティーポットに茶葉を2杯。お湯を注ぐと、茶葉が上へ下へ、くるくる、くるくる。ジャンピングが終わり、茶葉が沈みきったら飲み頃。ティーポットを少しだけゆすり、軽く温めたカップに注ぎます。ミルクは温めず、冷たいまま。

最近寝起きが悪いので、朝はコーヒーにしていましたが、
やっぱり紅茶は、おいしいなあ。

紅茶は淹れ方を間違えるとまずい飲み物です。でも、きちんと淹れれば応えてくれる。「ゴールデンルールなんて覚えられるか」「ポットなんかいちいち使ってられるか」という人は、ティーバッグで構いません。汲み立てのお水を、しっかり沸騰させて淹れてください。できれば、ティーバッグをいれているあいだ、カップにお皿で蓋をして、蒸らしてみてください。それだけで、絶対、いつもよりおいしくなってくれるから。

画像はフォーションのアッサムとティーポット。期せずしてセルフポートレイト?

teapot

2006/04/12 (Wed) 信頼
信じて、頼みにすると書いて、信頼。
今日は、私が信じて頼みにしているひとの誕生日でした。
その人の未来に、ハッピーなことがたくさんありますように。
画像はラナンキュラス。ブーケ代わりにどうぞ。

ranancuras


2006/04/11 (Tue) 想定外
年1回の社内会議が今年もやってきました。
去年は何やかやで一人で仕切る羽目になったのですが、
今年は上司がいるから大丈夫…と油断していたら、
ちっとも大丈夫じゃありませんでした。

当日の朝まで、ウェブ会議で使う電話回線の工事が済まない。
当日の朝になっても、会議で使うプレゼンテーションが来ない。
挙句、会場で急病人まで出てしまいました。

どれも大事には至らなかったのが不幸中の幸いですが、
朝ご飯も昼ご飯も食べそびれ、19時半まで食事にありつけず。
参加者のおやつに、カントリーマアムとチロルチョコを
買っておいてよかった。冬を越したリスの気持ち。(違)

仕事って、どんなものでも最後は体力勝負ですよね。
最近サボり気味のスポーツクラブ、再開しないと…。

whitetree


2006/04/10 (Mon) 赤さん
目黒川沿いのベーカリー「opatoca」でパンを買いました。
手前が赤ワイン入りのパン「赤さん」、奥が「黒豆さん」。
このお店のパンにはユニークな名前のものばかりで、
名前と説明の書かれた札を、一つひとつ読んでしまいました。

お店の人に頼んでショーケースから出してもらうパンも多いので、
店内での会話も何だか楽しい感じ。

「松井のバットをひとつ…。あと、小野芋子も」
「小野芋子はおひとつでよろしいですか」

言葉だけ聞いていたら、何を買っているのか分かりません。

名前だけではなくて、味と香りもいい感じのパンでした。
手のひらの中で2つに割るとふわっと酵母の匂いがして、
適度な水気があって、ふわふわ。明日の朝食するつもりで
買ってきたのに、気づけば2つとも夜のうちに
なくなっていたのでした。

パラソルから柔らかく日差しの差し込むイートインスペースも、
気持ちが良さそうでした。お天気の良い日の楽しみができたな。

bread


2006/04/09 (Sun) べー
犬ほどではありませんが、猫が好きです。ところが、猫にはあまり好かれません。
近寄っては逃げられ、近寄っては逃げられを繰り返すこと20余年。
望遠レンズのおかげで、珍しく猫さんの撮影に成功しました。

…何か、舌だされてるような気がするんですが、気のせいですよね…。

cat_crossing


2006/04/08 (Sat) 俄か雨
たくさんお洗濯をしました。
天気予報では1日晴れマーク、安心して部屋の掃除をし、
ふと窓の外を見ると……雨が降ってるぅぅ
慌ててお洗濯ものを取り込み、室内乾燥機をかけたら…止んだぁぁ

画像は雨のあとの日ざしに輝くチューリップ。
俄か雨にもひとつくらいは良いことがあります。

yaezakura


2006/04/07 (Fri) Keep Smilin'
ずっと気にかかっていたことに、少しずつ光が見えてきました。
今度こそは、本当の光であってほしい。
強く、ながく未来を照らす光であってほしい。
嬉しいニュースが続くように、いつも笑い続けていられるように、
今日のおやつは笑顔。

cookies_smiling


2006/04/06 (Thu) 中の上
最近カメラを職場に持っていっています。
大急ぎでお弁当をかっこんでは大きなカメラを下げてお散歩に出る姿は
意外と人目につくようで、隣の部署の人に話しかけられました。

「はなびさん、それ自分のカメラ?」
「そうなんです。この前買ったばかりだから、楽しくて」
「はなびさんなら、撮られるほうでも良さそうやね」
「いや、撮るのは好きなんですけど、撮られるのダメなんですよ」
「なんで?外見だけ見て、控えめに言って中の上くらいは行ってるよ?」
「えっ、本当ですか?(照)」

そして、その数時間後。帰りの電車で気づいてしまいました。
「控えめに言って中の上」って、はたしてキレイなのか…?
「外見だけ見て」ということは、内面を入れると点数が上下するのか?
上に、それとも下に?

本当に褒められたのか、不安になってきました。
恐ろしくて真意が確かめられません。信じたいように信じよう…。

画像は水仙。前のお花がちょっと邪魔でしたね。

suisen-closeup


2006/04/05 (Wed) 駄赤
駄赤(だあか)という色があります。
昨日の記事でも書きましたが、もともと「色」は美しいものです。
「空色」は実際の空よりも青いし、「肌色」は実際の肌よりも
生き生きとしている。美男美女を指す言葉で、「色男」「色女」なんていう
表現があるほどなのです。

なのに、「駄赤」。つまらない赤。不思議な名前の色です。

画像は駅のホームから見かけた「駄赤」。
乾いた喉を潤す爽やかな赤も、道端に捨てればつまらない赤。
美しいいろを、美しいままで終わらせるためにも、空き缶はリサイクルへ。

daaka


参考文献 福田邦夫「奇妙な名前の色たち」

2006/04/04 (Tue) 記憶のいろ
ひとは毎日、さまざまな色に出会い、それを映像で記憶しています。
例えば、空の色、花の色、木の葉の色、食べ物の色…。

でも、記憶色=実際の色とは限りません。
むしろ、実際の色よりも、キレイに、鮮やかに記憶されていることが多いのです。

例えば、桜(ソメイヨシノ)の花の色。
ほとんどの人が淡いピンクだと記憶しています。
でも、実際の桜は、ほとんど白。写真には白く写ります。
でも、これだと人は納得しない。だから、印刷物に載せるときには
ピンクを強くすることが多いそうです。

青空も同じ。日本では、どんなに晴れた日でも、水色に近い
淡い青にしかなりません。でも、人は「真っ青な空」を記憶に残します。
だから、写真では、フィルターを使ったり、色補正をして、青を強調します。

大切なひとと見た桜。見上げた空の青さ。
それを残したくて、私はシャッターを切るけれど、
この桜色は、空色は、私の心の中にしか残らない。

sakura_bluesky


参考文献:PC VIEW
http://www.pc-view.net/Help/manual/1304.html

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はなび

Author:はなび
犬、紅茶、写真、美術館、お風呂、本、日本語がだいすき。2006年3月から、EOS Kiss DNと一緒にたのしくお散歩をしています。文章と写真は関係がないことが多いです。写真だけをまとめてご覧になりたい方は、hanabi days on flickrへもどうぞ。

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