2007・02

<< 01 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/21/22/23/24/25/26/27/28/ 03 >>

--/--/-- (--) スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2007/02/20 (Tue) 「大人の写真。子供の写真。」
大人はちょっと睨まれるけれど、
撮られる人をモデルさんにしてしまう。

子供もちらりと見られるけれど、
撮られるひとはおっさんのまま。

otona_kodomo
―新倉万造×中田燦『大人の写真。子供の写真。』


いろんな写真に触れてみようとおもい、いろんな写真集をめくってみています。なかなかこころに触れる写真が見つけられないでいたのですが、『大人の写真。子供の写真。』には、こころを持っていかれました。

写真家はふたり。ひとりはカッコイイものとウツクシーものしか撮らないぜ!が信念の53歳、新倉万造さん。あとひとりは、目下の目標は一輪車に乗れるようになること、将来の夢はモデルの6歳、中田燦ちゃん。カメラひとつで生きてきた大人と、カメラを持つことを許されただけでうれしくてしかたない子どもが、同じ場所で撮った写真が、見開きページの右と左に、交互にあらわれます。

この本が図書館の書架にあることには、何ヶ月も前から気づいていました。でも、手を伸ばせないでいました。世の中には、「子どもたちの純粋なまなざしには、斬新な感覚や視点が溢れ、大人が忘れてしまった世界を思い出させてくれる」というような本が、たくさんあふれているから。たしかに、子どもは気が遠くなるほどすごい可能性を持っています。でも、「子どもは純粋だ」「大人は純粋ではない」というのは、かなりの部分、大人の勝手な夢想ではないかとおもうのです。大人が都合よく忘れてしまっているだけで(あるいは見ないふりをしているだけで)、子どもにも、ほんとうは善意や天衣無縫なこころだけではなくて、悪意や計算、妬み、見栄もある。子どもが純粋無垢な天使なら、たぶん、いじめなんて起こらないんです。

そして、その一方で、大人もほんとうは”純粋”であることはできるのだとおもっています。大人が子どもではないことを言い訳にして枠の中に閉じこもっているだけで、感覚や視点をオープンにしようとおもえば、いつだって、誰にだって、世界はいろんな表情を見せてくれます。そういうことをまったく無視して、「子どもだから」「大人だから」なんていう理由で簡単にかたづけてしまったら、大人がすたるというものです。子どもよりちょっと長く生きて、たぶんちょっと多めに経験をしてきたなら、子どものことも、大人のことも、その他の世界のことも、似ているところもちがうところもある、それぞれステキなものとして、できるだけまっすぐに、フェアに見られるといいなとおもいます。

その点、『大人の写真。子供の写真。』は、まっすぐで、フェアだとおもいます。大人の写真をつまらないとかたづけることもなく、子どもの写真をことさらに祭り上げるでもなく、ヘンにオーバージェネラライズすることもなく、あたたかなまなざしで、両方のよさをみせている本だとおもいます。万造さんの、クールでスマートな写真。燦ちゃんの、視点が低かったり、きょろきょろしてたり、ちょっと逃げ腰だったりする写真。どちらも、すごくいい写真です。万造さんさすがだねとおもうページもあれば、燦ちゃんやるねとおもうページもあります。それをひきたてているのが、1ページに数行だけ添えられたコピー。書いたのは、燦ちゃんのお父さん、中田諭史さん。2人(+1人)のあたたかくて、やさしくて、たのしいお散歩っぷりに、ページをめくる手が止まらなくなります。写真ってたのしいね、違う視点をもったひとといるのはたのしいね、と、あらためて感じさせてくれます。

かつて子どもだったことを(都合よく)忘れてしまった大人にも、かつて子どもだったことを(しつこく)覚えている大人にも、これから大人になる子どもたちにも、おすすめの本。
スポンサーサイト

2007/02/20 (Tue) 「ケンタロウこんだて ごはんとおかず」
たらと小松菜だからって和風とは限らない。
たらはグラタンに、小松菜はサラダにしてみる。
クリームソースとトマトソースが淡白なたらと相性抜群。
たら、今日は鍋じゃなくてグラタンだぜ。
小松菜、今日はおひたしじゃなくてサラダだぜ。うれしい?
―ケンタロウ『ケンタロウこんだて ごはんとおかず「あれ・コレ・ソレ」』


レシピブックです。それなのに、ブックレビューをしたくなるたのしさが、この本にはあります。何よりまず、食材への愛が感じられるのがステキです。青々と育ってキッチンまで来てくれた小松菜、最後に花道を飾りねえ、サンキュ、みたいな雰囲気が、どのページにもあるのです。写真の小松菜に、よかったね、ケンタロウさんにお料理してもらえて、と声をかけたくなるほどに。

「僕のおいしいご飯」という感じがあるのもいいです。今までのレシピブックは、基本的に誰かに食べさせるお料理の本。名前がおしゃれで、材料が4人分で、「2色のピーマンとクレソンで彩りを添えて」と書いてあるようなお料理は、たぶんひとりでは食べません。「香味野菜が好きな長女のために青じそを入れました」みたいなお料理も、たぶんひとりでは食べません。それは恋人や家族、お客さまのためにつくる食事―つまり「僕のごはん」である以上に、「彼/彼女/彼らのごはん」だったのだとおもいます。

それに対して、ケンタロウ・レシピには、分量表記こそ2人分ですが、そこはかとなく、ひとりごはん感があります。お仕事で疲れて帰ってきた後に15分でかきこめる丼や、作り置きできるおかず、買ったは良いけれどひとりでは一度に食べきれない白菜のための煮物バリエーション4つ、そんな感じのごはんがページをうめているから。

お惣菜は母親から習うのが当たり前だった時代、レシピ・ブックは非日常への扉でした。名前しか知らない海外のお料理、普段はたべられない豪勢なおもてなし料理に出会う海図でした。時が移り、レシピ・ブックの多くがマニュアルになっていきました。結婚したものの、旦那さんに何を食べさせていいか分からない若奥さんが、ただしいお米のとぎかた、お味噌汁のつくりかた、肉じゃがやコロッケのつくりかたを知る本に。ケンタロウ・レシピはその次の世代のレシピ・ブックなのだとおもいます。親からそのままを受け継ぐのではなく、旦那さんに絶句されないためにつくるのでもなく、ささやかに自分らしい毎日を紡ごうとする料理。「僕」がひとりでも、簡単に、たのしく、おいしくたべるための料理。「家族」ではなく、「個」が中心にある料理。ケンタロウさんのレシピと、彼のお母さんである小林カツ代さんのレシピのいちばん大きな違いは、そこにあるのではないかとおもいます。

画像は、私がケンタロウさんのレシピでつくったおかず、白菜の煮物とほうれん草の和えもの。白菜、ほうれん草、おいしかったよ。

kentarosan_hakusai

カレンダー

01 | 2007/02 | 03
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 - - -

profile

はなび

Author:はなび
犬、紅茶、写真、美術館、お風呂、本、日本語がだいすき。2006年3月から、EOS Kiss DNと一緒にたのしくお散歩をしています。文章と写真は関係がないことが多いです。写真だけをまとめてご覧になりたい方は、hanabi days on flickrへもどうぞ。

ブログ、flickrに掲載されている画像の無断転載はご遠慮下さい。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する



www.flickr.com
This is a Flickr badge showing public photos from hanabi.. Make your own badge here.

ブログ内検索

PopupFlickr Plus

Flickr

選択ワード機能:
developed by 遊ぶブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。