2009・07

<< 06 1/2/3/4/5/6/7/8/9/10/11/12/13/14/15/16/17/18/19/20/21/22/23/24/25/26/27/28/29/30/31/ 08 >>

--/--/-- (--) スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

2009/07/26 (Sun) ひかり
ずっと 暗闇が怖くて怖くて 
ぎゅっと目を閉じて 光のことを考えていた

まぶたの裏には 眩暈がするほどの光 風 花 鳥の声
めをあけたら 壊れてしまうのだとおもっていた

でも もしかしたら もしかしたら
めをあけても こんなせかいがあるのかもしれない?

cosmos
スポンサーサイト

2009/07/22 (Wed) これなぁんだ?
―星雲?違います。



ちょっと暗いけど、見えるかな…。



これ、水の花火なんです。
(そこ!花水とかいっちゃだめ!)

間欠泉みたいに水を打ち上げて、ライトやレーザー光線で照らしています。
水の高さ、最大約60m。近くで見ると、けっこう高いです。

平日にふらっと見にいってみたんですが、キレイでした。
近くにカフェスペースもあるから、雨が降っていなければ、
モヒートを飲みながらのんびり、なんていうのもよかったかもね?

ミッドタウンで8月23日(日)までです。

2009/07/19 (Sun) あしかとさざえと
みてください!ついに!ついに!あしか!!!!!!!
no. 1 seal

先々月、哀しいアクシデントのために見逃したあしかショーを、ついに見てきました。今回はしながわ水族館ではなく、サンシャイン国際水族館です。私が遅刻しないように、ウェイクアップメール&道案内&タイムキープをしてくれたともだち、ありがとう。

例によってお弁当撮影用レンズ(60mm単焦点)をつけっぱなしにしていたので、写真がいまいちなのですが…堂々たる姿です、トットちゃん。

キツネザルさんも目が釘付け。
lemur

一生懸命観察した結果、あしかさんたちはボールを鼻の上に載せるとき、目を閉じていることが分かりました。ボールを間違えて落としちゃったときに目にあたらないように?それとも、まぶしいのかな。

no1_show

きょうのもうひとつのお目当ては、サザエでした。いきものであるからには、餌を見つけるために移動することもあるとおもうのですが、泳いでいる姿があまりイメージができなかったので、見てみたかったのです。…が、サザエ、ずるずる這っているだけでした。しかも、サザエのつぼ焼きをたべると必ずついている、あのふたが、生きているサザエにはどこにも見当たらないのですよ。どこに収納してるんでしょうね。まさか板前さんが粘土で作って、くっつけて出しているわけでもあるまいに。外側から見てわからないほど奥に収納していたら、ごつごつからだに当たって不愉快だったりしないのでしょうか。すごく、すごく気になります。誰か調べて教えてください。

…と、動物園や水族館にいくと、気になることばかりで、他の悩みや気がかりを考える隙がないくらい、動物やお魚で頭がいっぱいになることが、最近わかりました。いい気分転換。通いつめています。親の話では、はいはいしていたころから、いきものを見ると、大人でも怖がるような大きなドーベルマンであろうと、ためらわずに突進していく子だったそうです。こんなにすきなのに、どうして今まで、いきものから離れていられたんだろう?ね、金魚?またくるね?(奇跡のカメラ目線)

goldfish, eye contact




2009/07/12 (Sun) やさぐれひよこ系
野毛山動物園のつづき。きりんが見たかったのですが、
なぜか見当たらなかったので(あんなにおっきいのに)、たまたま行き着いた
「ふれあい広場」で動物とふれあってみました。

物思いにふけるひよこ。
chick

他のひよこが慰めても、落ち込みは治らず。
chicks

何かの励ましになれば、と持ち上げてみたら、おもいっきり顔をそむけられました。
chick3

たぶん、「オレに構うな」っていってるんだとおもう。(たぶん、持ち方もまちがえている)

2009/07/12 (Sun) ねむたいタヌキ系
野毛山動物園にいってきました。虎が見たかったのですが、えさの時間に重なって、檻の前はすごい人混み。ちびっこを押しのけて観るのもオトナゲないので、タヌキ系を中心にみてきました。

タヌキ系には悲しい思い出があります。小さい頃通いつめていた多摩動物園で、母がタヌキ系の檻のところにだけは「臭いから」と連れていってくれなかったのです。小さい私は、タヌキのシマシマのしっぽやデベソが見てみたかったのですが、ついに言い出せなかったのでした。きょうはここぞとばかりに観察したけど…

ねむそう…
anaguma01

ものすっごいねむそう…
badger

ねた……。
anaguma03

おへそは見えませんでした。(その前に、これはあなぐま)

2009/07/11 (Sat) 今月の美術館
2ヶ月に1回は美術館計画、細々と進行中です。東京都写真美術館のチケットをいただいたので、最終日の閉館1時間前にすべりこんで見てきました。

■プレス・カメラマン・ストーリー
昭和の戦前・戦中・戦後の一時期に、朝日新聞の花形プレス・カメラマンとして活躍した影山光洋・大束元・吉岡専造・船山克・秋元啓一の5人を中心とした作品展。何年か前に、知り合いのフォトジャーナリストが、写真のミッションは「伝えること」であり、「何かが起こったときにそこにいて」、「人、または人が興味を持つことを撮ること」だと教えてくれたことがあります。今回の展示にも、政治家の写真やベトナム戦争の写真のような、いかにもなプレス写真がたくさん展示されていたけれど、いちばん記憶に残ったのは、影山光洋氏がわずか5歳でなくなった自分の子どもを撮影した「芋っ子ヨッチャンの一生」でした。

「ヨッチャン」が生まれ、生きて、大きなお芋を抱えて微笑んだというのは、朝日新聞にはきっと載らなかっただろうけれど、その家族にとっては記録すべき「事件」であり、他の誰かに伝えずにはいられないニュースだったのだろうとおもいます。「事件」、「記録」、「伝える」って、どういうことなんだろう?


■旅する写真~第1部 東方へ 19世紀写真術の旅
「旅」を扱った3部構成の写真展の第1部。遠い国や街の珍しい景色を故郷のひとに見せる、というのは、何というか、犬が珍しいニオイの砂をわざわざからだにくっつけて巣に帰ってくるような、本能なのでしょうね。この展示では、珍しくもキレイな砂粒が次から次へと出てきてきます。私が特に惹かれたのは、カメラや写真の印刷技術がまだ確立されていない頃のヨーロッパやアジアの街の写真と、それをもとに描き起こされた版画。建築物のデザイン性が高く、街並に「余計なもの」が見当たらなくて、いまの高機能なカメラで撮った絵葉書よりも数倍美しいんです。とてもそんな景色があったのがほんとうとはおもえないくらい。

幕末の日本も、私が知っている日本と同じ国とはおもえない景色でした。山があって、川があって、海があって、樹が生えていて、どのひとも(たぶん)小さなからだと、すっきりとしたアーモンド型の目で、まっすぐにカメラを見ている。オズの国に迷い込んでしまったようで、このお店の看板には何が書いてあるんだろうと近寄って眺めていたら、知らないひとに「これ、お茶づけって書いてあるんですよね。その隣のこのお店は何でしょうね」と話しかけられました。日本語なのに。たった100年で、異国になっちゃうんですね。写真好き、アート好きなひとだけではなく、旅や異国(?)文化に興味のある方にもたのしめる展示だとおもいます。

下の写真は、トフィーのひるね。新聞には載らなくても、私にとってはすごく意味のある記録。


2009/07/08 (Wed) tying pink ribbon
(きょうは、特に女のひとに読んでいただきたいおはなし。男のひとも読むとおもうとちょっと恥ずかしい気もするのですが、彼女さんや奥さんのために、知っておいてもいいとおもいますよ)

そろそろそういうお年頃かな、とおもい、会社の健康診断のついでに、はじめて乳がん検診を受けてみました。乳がん検診といえば、マンモグラフィ。乳がんを見つけるためのX線撮影のことで、触診ではわからない小さなしこりや、しこりになる前の早期の乳がんを見つけることができるそうです。経験者にきいたはなしでは、胸をX線の機械にはさんでぎゅうぎゅうつぶして撮影するそうで…どうはさめばよいかわからないほどささやかな胸の持ち主の私としては、ちょっと怖いです。

そこで、きょうは、総務の健康診断担当のひとが、「痛くないし、ワカモノ向きだよ」と勧めてくれた、超音波検査にしました。ゆかたみたいなローブに着替えて、ベッドに横になると、女医さんがジェルクリームのようなものをひょいひょい塗り、プラスチックでできたへらみたいなものを出してきました。ちょうどオカリナくらいの大きさと厚み。そのへらで、胸をかたほうずつ、こねこね、こねこね。パン生地になったきもちでした。

お医者さんの話では、そのへらから超音波が出ていて、ベッドの隣にあるTVに胸のなかのようすがリアルタイムで映し出されているそうです。私はごく小さい水の粒みたいなものが見えたけれど、良性のもので、心配いらないといわれました。痛くはなかったけれど、ちょっと、くすぐったかった。

乳がんなんて、自分にはぜんぜん関係ないような気がするけれど、ほんとうは日本人女性の20人に1人がかかるといわれている病気なんだそうです。おふろに入るときにちょっと気をつけていたり健康診断のときについでに検査するだけで、安心していられる。この日記を読んでいるひとの中に、なんだか怖くて検査できないや、とおもっているひとがいたら、一度受けてみたらいいんじゃないかなぁとおもいます。超音波検査は、こわくなかったです。マンモグラフィも、まだ経験はないけれど(40代になったらしたほうがいいみたい)、病気よりは怖くない、と、おもう。

たいせつなからだだから、たいせつにね。

fragrance #2

2009/07/07 (Tue) 七夕伝説の謎
むかしむかし、あるところに牛飼いがいました。牛飼いがある日、池で牛に水を飲ませていますと、ほとりに立っている樹に、淡く光る布がかけられているのが見つかりました。そして、池では、この世のものとも思われぬほど美しい天女が数人、水浴びをしていたのでございます。

牛飼いに気づいた天女たちは、叫び声をあげ、光る布をからだに巻きつけては、つぎつぎと天へと飛び去っていきました。しかし、最後のひとりは、天に戻ることができませんでした。彼女が樹に手を伸ばす前に、牛飼いが光る布を取ってしまったからです。「牛飼いさま、どうぞそれを返してくださいませ」と、天女は頼みました。しかし、牛飼いはそれを返すことはなく、ついにふたりは夫婦として暮らすこととなったのです。

そうして数年が経ったころ、天女は家の中で、牛飼いが隠していた光る布を見つけてしまいました。地上での暮らしにも慣れ、牛飼いを恋しくおもうようになっていた天女でしたが、光る布を手にすると、「天上はいまごろ、どうなっているのかしら。天のお父さまは、どうされているかしら。ああ、お会いしたい」と懐かしさはつのる一方です。そしてついに、牛飼いが外に出ていたとき、天女は天に帰ってしまいました。

からっぽの我が家に戻った牛飼いは、光る布がないのを見つけ、天女を追って天へと上ります。ついに天女を探し出し、「どうしていなくなったのだ。地上での暮らしがつらかったか」と聞く牛飼いに、天女は答えます。「私は、懐かしいお父さまに一目お会いしたら、あなたさまのところに帰るつもりでございました。でも、お父さまがお許しにならなかったのでございます。よくお聞きください。お父さまは今晩、あなたさまとお食事をされるつもりです。それは、ただのお食事ではございません。あなたさまが天の者を娶るにふさわしい方であるか、試されるおつもりなのです。よろしいですか、天の者は、決してたべものを横に割って食べることがございません。何を出されても、たべものを横に割って食べてはなりませんよ。そうしなければ、私たちは、ともに生きることがかなわなくなりましょう」。

その晩、天女が申しましたとおり、天の王は牛飼いを御殿での夕食に招きました。天女のことばをこころに刻んだ牛飼いは、どんなたべものも決して横に割ることがありませんでした。しかし、最後によく冷えた瓜が運ばれてきたとき、天の王は静かに声をかけました。「牛飼いよ、この瓜は横に割って食べるがよかろう」。最後の最後で天女のことばを忘れてしまった牛飼いは、ついに瓜を横に割ってしまったのです。そのとたん、瓜の割れめからは、どうとばかりに水が溢れ出し、お皿やテーブルのみならず、牛飼いまでも、御殿のはるか遠くへと押し流してしまったのでございます。

牛飼いが気づいたときには、天女のいる御殿とのあいだには、広く、深い河が、ちらちらと銀色に光りながら、流れていたのでした。そうして、河の向こう岸には、美しい目に涙をいっぱいに湛えた天女が立っていたのです。「愛しいあなたさま、どうして私の言葉をお忘れになったのですか。私たちはもう、ともに暮らすことはできません。でも、私はお父さまにお願いしました。1年に1度だけでよいから、あなたさまに会わせていただきたいと。お父さまは私の願いを聞いてくださいました。来年のきょう、この河にカササギが橋を架けます。私はその橋を渡り、あなたさまに会いにいきましょう。それまで、どうか私のことを、お忘れにならないでくださいませ」。天女が話す間にも河は深さ、広さを増し、天女の声は水音にかき消されて行きました。それを見た牛飼いは涙を流して悔やみましたが、天女にはもうその姿すら見ることができなかったのです。

月の細い晩には、空を見上げてご覧なさい。ぼんやりと銀色に光る天の河が見えるはずです。その両岸には、いまも牛飼いと天女が佇み、カササギが橋を架ける日を待ちわびているのですよ。

…というのが、私が知っている七夕伝説なのですが、数年前に母に話したところ、「それは半分以上、羽衣伝説よ。だいたい天女がちっとも織物を織ってないじゃないの」といわれました。たしかに。父にも話してみたところ、「それは、七夕伝説じゃない。よくそんなにすらすらと、違う話が出てくるものだ」と感心されました。正しい七夕伝説では、織姫が牽牛恋しさに織物を織らなくなってしまったので、天の王様が怒って天の河を流したんだそうです。

大人になったいまも、こんなに長い話を、ぜんぜんDeleteキーやBackSpaceキーを押さずにすらすら書けちゃうくらい、よく覚えてるんです。いったい誰に、いつ、どこで聞いたんでしょうか。七夕伝説といえば、牛飼いが瓜を割る話、とおもっているひと、他にもいないかしら。うーん。画像は星、ではなく、蛍。

shinobara: fireflies

2009/07/01 (Wed) penless, cameraless, speechless
すこし前、上司の上司が別の国に転勤していきました。彼が日本に赴任してきたとき、前の国の送別会で、チームメンバーが泣いたと聞いています。そのときには、情熱的なお国柄なんだなぁ、とおもったのですが、ものしずかなはずのサムライの国・日本の送別会でも、泣くひとが出ました。そういうひとでした。

そしてきょう、彼の後任を迎え入れるために、PCの古いファイルを整理していたら、彼が赴任した当時のメモが出てきました。外資系の会社であっても、「まだよく知らないひとに英語で話しかける」のには、ちょっと勇気がいります。だから、「テニスが趣味なんですってね。僕もすきです」みたいに、みんなが彼に気軽に話しかけられるようなきっかけをつくりたかった。それで、彼が赴任してきて数日のうちに、仕事上の夢からプライベートなことまで口頭で質問をし、彼の答えを書き取って、チームに回覧したことがあったのでした。

質問を終えて、私がお礼をいい、立ち上がったとき、彼はたしか、「今までの質問は、あなたが考えたの」とききました。私が「違います。チームのひとたちに、あなたに訊きたいことを聞いて回ったんです」と答えたら、彼は微笑んで、「僕はみんなが何を考えているか知りたい。これからもインプットしてね」といいました。

それから3年。彼の送別会でのスピーチは、私が3年前に聞いた質問のすべてに、そして私が3年の間にインプットしてきたことに、1字1句、応えるものでした。私は彼に何を訊き、何を伝えたか、忘れていました。でも、彼はたぶん、覚えていてくれたのだとおもう。そういうひとでした。

涙を浮かべるチームメンバーと彼の写真を次々と撮っていたとき、彼はふと後ろを振り返って、「はなびさんはいつもカメラの後ろ側にいるんだ。たまには撮ってあげて」と、私からカメラを取り上げてしまいました。

初めてペンもなく、カメラもなく、手帳もPCもなく、くすぐったいきもちで彼の隣に立ったら、「ありがとう、この3年間、あなたと同じチームで働けてしあわせでした」と伝えるのが精一杯でした。もっと英語が流暢で、もっと緊張していなかったとしても、私はこれ以上のことばは持っていません。

ありがとう、あなたと同じチームで働けて、しあわせでした。

ebisu sky

カレンダー

06 | 2009/07 | 08
- - - 1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31 -

profile

はなび

Author:はなび
犬、紅茶、写真、美術館、お風呂、本、日本語がだいすき。2006年3月から、EOS Kiss DNと一緒にたのしくお散歩をしています。文章と写真は関係がないことが多いです。写真だけをまとめてご覧になりたい方は、hanabi days on flickrへもどうぞ。

ブログ、flickrに掲載されている画像の無断転載はご遠慮下さい。

最近の記事

最近のコメント

最近のトラックバック

月別アーカイブ

カテゴリー

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

リンク

このブログをリンクに追加する



www.flickr.com
This is a Flickr badge showing public photos from hanabi.. Make your own badge here.

ブログ内検索

PopupFlickr Plus

Flickr

選択ワード機能:
developed by 遊ぶブログ

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。