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2010/05/22 (Sat) 記憶と理由
ryoutanji temple #2

ぼんやり物干竿のことを考えていたら、幼馴染みのおばあさまの訃報を受けた。小さい頃からお世話になった方だった。何かをしてほめられた記憶。何かをしでかして叱られた記憶。そう、何かをしでかせるほど近しく、叱られるほど愛していただいた。

できることならお通夜もお葬式もお手伝いをしたかったけれど、父の次の病院探しが重なって、力になってあげられなかった。父が倒れてつらいことはたくさんあるけれど、いちばんくやしいのは、ありとあらゆる意味で余裕が奪われていること。自分と家族のことだけでいっぱいいっぱいで、だいすきなひとたちに、ほとんど何もしてあげられないことが、つらくて、くやしい。せっかく頼ってくれたのに。いつもしてもらってばかりの彼女やご両親、おばあさまに、やっと何か返してあげられるかもしれなかったのに。

こういうことがあると、トフィーのことを思い出す。心臓発作を起こして息がぜろぜろしていたとき、背中を撫でてあげたら、「ありがとう」と尻尾をふり、「泣かないで」とほっぺたを舐めてくれた。私には彼ほどの強さもやさしさもないけれど、何もしてくれなくていいよ、いてくれるだけで十分だよと言ってくれるひとが何人もいる。恵まれている、とても。それが、私がもっと強くやさしくなりたいと願う、ただひとつの理由。負けてたまるか。負けてたまるか。
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2010/05/07 (Fri) 浜松へ
連休は浜松へ。名目は病気療養中の父のお見舞いだけれど、休み明けのお仕事に疲れが残るのを承知で連休後半にしたのは、理由がある。5月3日から5日は、浜松が1年でいちばん活気づく「浜松まつり」。神社仏閣の祭礼ではなく、その年に生まれた子どもたちのすこやかな成長を願う市民のお祭だという。

hamamatsu festival #1

父にちょっと恨めしそうな顔をされながら、母、叔母、私の3人で夜の特別バスに乗って、浜松駅前に向かう。バスにひとり、ふたりと、町の紋を染め抜いたはっぴ姿のひとが乗ってくる。子どもたちは深い藍、おじいちゃんは洗いざらしてごく淡い藍。

hamamatsu festival #4

駅前にさしかかると、御殿屋台が何台も連なっているのが車窓から見えてきた。お神輿のような装飾だけれど、信号を見下ろすほどの高さがある。中ではまだあどけない子どもたちが大人に混じって笛や太鼓や鈴を鳴らし、屋根の上ではおじいちゃんたちがはるか先を見ていた。

hamamatsu festival #3

翌朝はまた別のバスに乗って、中田島砂丘へ。入り口で「海亀のふるさとの保護にご協力ください」といわれて手渡されたごみ袋に、砂に埋もれたプラスチック片を次々に入れていき、ふと上を見上げたら、凧が空を埋めていた。遠目には羽虫のように見える小さな点々は「初凧」とよばれる凧。小さなもので2帖、大きなものは10帖もある。

hamamatsu festival #5

大きく尾骨の突き出た独特なかたちは、凧揚げ合戦のためのもの。それぞれの町が「組」や「連」として参加し、その町で生まれた子どもの名前を書いた凧を揚げ、他の組と凧糸を切りあって競う。私が見上げているあいだにも、糸が絡み合って落ちていく凧がいくつもあった。風向きによっては民家の屋根や送電線に引っかかったり、通行人に怪我人を出したりもあるそう。「屋根にひっかかっちゃったんで・・・すみません」と、2階に上がっていくはっぴ姿のひとたちのの背中を見ながら、「祭のあいだはみんなちょっと気が違ってるんですよ」と、カフェのマスターが苦笑いしていた。

hamamatsu festival #6

“私の町”があって、XXちゃんちのおじいちゃんが率いる屋台の中で、XX君ちのおばちゃんと笛を吹く。XXちゃんちのおじちゃんが凧を支え、XX君ちのお兄ちゃんが凧を引く。東京近郊で育った私には、そういうコミュニティの共同経験がほとんどない。その中に入ったら、窮屈だ、出たい、離れたいとおもうのかもしれないけれど、ふわふわと頼りなく生きている私には、“私の町”が豊かに、まぶしく見えた。

hamamatsu #7


2010/05/01 (Sat) 偉大なるマンネリズム
100%常套句で何か書けるかどうかの実験:夫と口論をした。聞く耳を持たず、貝のように押し黙る夫にただ唇を噛み、枕を濡らしながら眠った。朝、兎のように泣きはらした私の目に、娘の姿が映った。穢れを知らない純真な瞳。些細なことに目くじらを立てすぎていたのかも。子は鎹とはよく言ったものだ。
― Posted at twitter, 01:13AM May 1

同じ内容を常套句少なめに書く実験:喧嘩になると、夫は体重計と大差なくなる。口も利かず耳も聞こえず、ただ私を憂鬱にするだけ。朝、子どもに乗られて起きた。「ママ、じゃがりこ食べていい?」。泣きながら寝たって翌朝はこれだ。きりきり怒るだけ馬鹿か。じゃがりこ狂いの娘にも使い道はあるのね。
― Posted at twitter, 01:32AM May 1


Twitterでたまたま常套句の話題になって、ふたつ実験をしてみた。かかった時間はほぼ同じ。常套句を使えば考えないで済む分速いということではないらしい。それなら、なぜメディアは常套句を連ねるのか。

怠惰だから、表現力がないから。残念だけれど、おそらく一部では事実。反面、カレーのにんじんのような常套句があるのも事実だ。なくてもカレーにはなる、嫌うひともいる、あえて使わないことでおしゃれな一皿になったりもする、でも連日カレーをたべてもぜんぜん出会えないと少し不安になってくる、そんなコトバが。

にんじんを入れたり、入れなかったり。10%増量してみたり、27.9%減量してみたり。私にはまだその腕がない。でも、いずれは。そしていつか、どう書くかなんて関係ないほどソリッドな何かが書けるようになりたい。それが夢のひとつ。

写真はコンガラガっち。定番のサイコロキャラメル、定番の動物柄。
それでもこんなにたのしくできる。

caramel animals

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はなび

Author:はなび
犬、紅茶、写真、美術館、お風呂、本、日本語がだいすき。2006年3月から、EOS Kiss DNと一緒にたのしくお散歩をしています。文章と写真は関係がないことが多いです。写真だけをまとめてご覧になりたい方は、hanabi days on flickrへもどうぞ。

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