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2009/06/15 (Mon) 眠れない夜のために、恋のおはなし
最近読んだ本の中の物語を2編かきとめておきます。
両方とも、登場人物が誰かに聞いたお話として語る物語。
どうして恋のお話って、悲しいんだろうね。

hydrangea

昔々まだ幼い姉弟が同じベッドで眠っていた頃
父親が話して聞かせた童話があった

”Mar・man"と彼はその主人公を呼んだ
”Mar・man"は朴訥な漁師だった

ある日彼は誤って人魚を捕らえ 漁師と人魚は恋に落ちる
漁師は人魚をつれ帰り 誰にも会わさず閉じ込めた

人魚は海を恋しがり ひととき海で泳ごうと 漁師の家を抜け出した
人魚が再び戻った時 漁師は怒って もう二度と 出られぬように閉じ込めた
人魚は漁師を愛したけれど いつかひからび 死んでいった

その時 漁師は 自分の足が 尾ひれに変わっているのを知った
人魚は毎日 漁師の食事に 自分のうろこを砕いてまぜた
人魚は 二人で海の底で 静かに暮らしたかったのだった
人魚になった漁師はひとり 深い深い海の底へと沈んでいった
―漆原友紀『Mar・man』

hydrangea

ずっと昔、ヘビは今のような姿じゃなかったんです。ヘビには手も足もありました。美しい長いたてがみもありましたし、しなやかな尻尾も持っていました。巻貝のような耳も、黒く濡れた瞳も持っていました。太陽を浴びると輝く金色の毛皮も、巻貝のような耳も、薔薇のつぼみのような白い乳房も持っていました。指先にはつややかで鋭い爪を持っていました。少しは人間に似ていたかもしれませんが、群青色の翼も持っていました。ヘビはいろいろな生き物の美しいところをたくさん持っていたんです。

ヘビはとても欲張りで、神様がこの世の生き物を作るとき、できるだけたくさんのものをくださいって頼んだんです。神様は気前よくヘビのいうことをきいてやりました。何と言ってもこれから世界が始まるというときですから、なるべく皆がしあわせになることを神様は望まれたんでしょうね。でもヘビは、欲しいものを全部貰ったはずなのに、それほど幸せだと思っていませんでした。たぶんあまりたくさんのものを持っていると、わからなくなってしまうんでしょうね。自分がヘビだっていうことがです。

ある日、ヘビはひとりの猟師に会いました。若くて美しい猟師でした。ヘビはその猟師が好きになり、猟師が貧しいことを知ると、自分のたてがみを切り落としてプレゼントしました。猟師はとても喜びました。でもしばらくするとたてがみを売ったお金はなくなって、また猟師はお腹をすかすようになったのです。ヘビは今度は、自分の尻尾を切り落としてプレゼントしました。尻尾は素晴らしい毛皮で覆われていましたから、仕立屋が高値で買っていきました。猟師はだんだん、自分からヘビに頼むようになりました。そうしてヘビは、美しい翼も、貝のような耳も、手も足も、乳房まで切り落として、次々と猟師に与えていったのです。

ヘビがとうとう今のような姿になると、猟師はもう、ヘビと会いたがらなくなりました。ヘビは手足のなくなった体で地を這いながら、猟師を追いました。どんなに追い払われてもつきまとうことを止めようとしませんでした。そのうち猟師だけでなく、あらゆる生き物がヘビを嫌うようになりました。神様もお怒りになりました。そこで「おまえはどうして、せっかく私が与えたものを失くしてしまったのか」と厳しい声でお訊ねになりました。するとヘビは言いました。「神様、私はあの人に会って、この世に生まれた喜びを知りました。私は神様からお預かりしていた翼や手足のおかげで、魂を貰うことができたのです。でもどうしてあの人はこの命まで求めてくれなかったのでしょう。私はそれが悲しくてなりません。」それを聞いた神様がどうされたかというと……どうされたと思いますか。

ぼっちゃんは、ヘビの抜け殻を見たことがありますか。神様はこれ以上、命まで投げ出すような愚かなことをさせまいと、猟師を忘れてしまうようおはからいになりました。そして改めて、命をまっとうするのが生き物の掟であると、きつく言い渡されました。ヘビは猟師のことを忘れました。悲しみは消えました。でもあるとき……風のない気持ちのいい日のこと、お日様にあたりながらうつらうつらとしていたヘビは、ふと、自分が昔とても幸福だった、ということを思い出すんです。そして猟師のことは忘れているのに、誰かに何かを与えたい、という気持ちに駆られました。けれど誰も自分を求めてなどいないし、与えるものとてないのです。ヘビはむなしさに身悶えしました。息苦しさから抜け出そうと身をくねらせているうちに、体を覆っていた皮がすっかり剥がれてしまいました。脱いだばかりのその皮を見ていると、ヘビにはまるでそれが以前の、幸福だった頃の自分のように思えてくるのでした。懐かしいような切ないような気持ちになりましたが、胸にぽっかりあいていた穴は埋まったように思われました。

ヘビが抜け殻を残すようになったのは、それからです。たとえば小さな子供が遊んでいて、草叢の中にヘビの抜け殻を見つけるとするでしょう。子供がそれを持ち去ると、ヘビは昔の恋を忘れたまま、ただささやかな捧げものをしたことを喜んでいるんですよ。
―湯本香樹実『マジック・フルート』

2009/05/25 (Mon) 好き好き大好き超愛してる
rust

祈ることとは何かを欲しい欲しいと言うことだけど、同時に無欲な行為だ。だから祈りが届かなくても、誰も悔しがらない。願いが叶わなくても、誰もクソ祈っただけ無駄だとは思わない。(中略)

誰でも知ってるのだ。祈りとは、ただ、何かを求めていると、それをくれるわけではない誰かに、あるいは誰でもないものに、訴えかける行為なのだ。欲しいという気持ちを、くれる相手じゃない者に向かって言葉にすることに、どんな意味があるんだろう?気持ちを言葉にすることには絶対的に揺るがない、
永劫の価値でもあるんだろうか?

はは。ある。あるよ。全ての気持ちがそうであるとは言わないけれど、僕達の気持ちの中には、絶対に言葉にしないと、何と言うか、自分を蝕んでしまうようなものが紛れ込んでいる。 (中略)

無駄だと知りながらも言うべき言葉はひとつの祈りだ。

―舞城 王太郎 『好き好き大好き超愛してる』


父が大病で手術をしたとき、母と私は病院の廊下で指が白くなるくらいお祈りをしました。客観的に見れば、手術室に入ってしまえばそこは医師と看護師と父の戦場で、ドアのこちら側で私が祈っていようが、TVを観ていようが、焼肉をたべていようが、大差ないのかもしれません。でも、それがたとえ意味のない行為だとしても、祈らないでいることができませんでした。

生きていると、自分のちからではどうしようもないことに、つきあたることがあります。病気や死、飢え、渇き、差別、偏見、戦争、自然災害…。ひとが祈るのは、たぶん、そういう「自分のちからではどうしようもないこと」も、どうにかできる手段が残されていると信じたいからではないかな、とおもっています。

渇いた土地のひとが雨乞いをするのは、雨の降る未来を信じたいから。「私が」祈ることが、運命を変えられると信じたいから。だから彼らは、雨乞いをしたのに雨が降らないとき、「クソ祈っただけ無駄だ、神様なんていないんだ」とは多分いわないのです。それは未来を諦めるに等しいから。「私の祈りが足りなかったらしい」。「神様は私の信仰を試されているらしい」。それであれば、「私」は未来を信じ続けることができる。「私」の祈りがいつか届くことを信じて、祈り続けることができる。

「祈り」は、どこかによい未来があり、自分にはそれに少しでも近づくちからが残されているという希望を持ち続けるための、蜘蛛の糸のようなものなのではないかな。

無駄かもしれない。だけれど、私はきょうも祈っています。きっと届くと信じて。
たいせつなひとたちが、きょうも、あしたも、ずっと先まで、しあわせでありますように。
みんなのこと、いつでも、すきすきだいすき、超あいしてるからね…。

2009/04/27 (Mon) 「ショートソング」
大学生だったころ、小腹が空いて、ボタンを押すと紙カップに飲み物が注がれるタイプの自販機でコーンポタージュを買ったことがあります。うすい卵色の液体はスープというには味も濃度もあまりに薄く、ところどころに浮いたコーンがすぐに底に沈んで、誰かちょっとこれを煮詰めてきてください、と言いたくなるようなモノでした。

以前、俵万智の『トリアングル』を読んだとき、紙カップのポタージュと似た印象を受けました。彼女のうたには、ぎゅっと味のつまったコーンのような強さがあります。それを知っているだけに、それを限りなく薄めたモノの中に、コーンがぽつり、ぽつりと浮いているのが、何だかもったいなかった。

だから、同じく歌人の小説である枡野浩一『ショートソング』も、期待せずに読み始めたのですが…。うた入り小説の難しさを、自然に、巧く処理しています。まず、登場人物を「短歌の会」に参加している歌人に設定。小説と短歌を無理に連動させなくても済むので、小説が「薄い短歌」化していません。さらに、2人の男性のモノローグを交互に組み合せ、細かく章分けしてあります。長い小説に短歌があると、どうしても物語の流れが切断されて見えますが、この方式なら気になりません。こんなソリューションがあったか。まさに、目から鱗。

全体的な印象としては、吉祥寺のカフェで出てきそうな、層のたくさんあるサンドイッチといったところ。ベーコンもレタスもトマトも卵も、素材そのままの味を残しながら、ちゃんとなじんで、食べ応えのあるサンドイッチにしあがっています。作中の短歌には、枡野さん以外のひとが詠んだものも、いっぱいあるというのに。

作中の短歌にも共感を呼ぶものがたくさんあって、短歌がケイタイのメールやブログのような、身近なツールのように感じられてきます。きっとね、巧くつくろうとおもうと大変だけれど、ただつくるのは大変じゃないんです。サンドイッチも、短歌も、ね?

sandwich brunch, closeup

2008/12/19 (Fri) 長い夜には長い物語を
100万人のキャンドルナイト」というイベントがあります。夏至と冬至の20:00~22:00の2時間家やオフィスの照明を消してキャンドルを灯し、地球のことを考えてみたり、大切なひととのんびりと過ごしたりしてみよう、という催しです。いつもは会社でお仕事をしていて、キャンドルどころの話ではないのですが、今回は週末。冬至→夜が長そう→長い夜の物語といえば…ということで、キャンドルの灯りの前でともだちとブランケットにくるまり、千夜一夜物語(アラビアン・ナイト)を読んでみました。

千夜一夜物語にはいろんな翻訳が出ていますが、きょうのセレクションはちくま文庫・佐藤正彰さんの訳。物語ごとに切り分けられ、章立てされた西洋風の編集ではなく、シェハラザードが語った順にだらだら続いています。恐ろしいのは、

けれども回教徒は、シャールカーンが鞍の前橋につっぷして倒れるのを見ると、ただちに救いに駈けつけました。最初にそばに駆け寄った面々は…

―ここまで話したとき、シェハラザードは朝の光が射してくるのを見て、元来つつましい女であったので、自分の物語を語るのをやめた。


シェハラザードが文の途中だろうが慎ましく口を噤んでしまうので、なかなか読むのがやめられないところです。シャフリヤール王が彼女を殺さなかったのも無理ないよね。 ところで、この日いちばん驚いたお話は、ノミが命からがら逃げこんだ小ねずみの家に…

―ここまで話したとき、はなびは瞼が重くなるのを感じ、元来よく寝る女であったので、自分の物語を語るのをやめた。(おやすみなさい)

candle night 2008

2008/11/24 (Mon) 『だいじょうぶ。の本』
だいじょうぶ
ひかる言葉
胸に
ひとつ
抱いていれば
―中島未月・文/奥中尚美「だいじょうぶ。の本」


ちいさなころから、他の子と同じことができない子でした。3月末生まれで、他の子たちよりもからだも心も幼かったせいもあるかもしれない、ひとりっこで、のんびりぼんやり育ってしまったからかもしれない。一生懸命、ほんとうに一生懸命他の子たちと同じようにしようとするのだけれど、どうしても1テンポずれてしまったり、的はずれなことをいってしまって、結局「はなびちゃんは変な子」だといわれて、毎日とぼとぼ家に帰りました。ドラえもんの「いしころぼうし」があれば、誰にも気にされないですんで、変なことをしてみんなを困らせてしまうことも、変な子だといわれて悲しいきもちになることもないのに、とおもいながら。

とぼとぼ家に帰って、両親に「きょうも変な子だっていわれた」というと、母は「そんなこという子が変なのよ」といって憤慨し、父は「月夜の晩ばかりじゃないぞ」と笑って「だいじょうぶだからな」と頭をなでてくれました。もうすこし大人になってからは、トフィーが顔中をなめてくれました。初めて私をすきになってくれたひとも、「飽きなくていいよ」と私の変わったところを慈しんでくれました。

「だいじょうぶ?」ではなく、「だいじょうぶ」。そのことばが、ちいさなころから、どれだけ私を救い、守ってくれたか、わかりません。変だっていいのだと。がんばらなくてもいいのだと。愛されていいのだと。悪いことなど、何も起きないのだと。「いしころぼうし」がなくても、たいせつなひとたちのいってくれた「だいじょうぶ」にくるまれていたから、私は「だいじょうぶ」でいられました。

そんなあたたかな「だいじょうぶ」がたくさんつまった本が、先日出版されました。写真を撮っているのは、私のだいすきなFlickrフォトグラファーのrosemary*さん。やさしい色の写真たちと、あたたかなことばが、ページから溢れだしそうな本です。たいせつなひとへの贈りものに、どうぞ。

写真はもみじ、rosemary*さんの写真には遠く及ばないけれど、「だいじょうぶ。の本」のイメージで撮りました。だいじょうぶ、きっと明日もたのしいよ。

solitude

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はなび

Author:はなび
犬、紅茶、写真、美術館、お風呂、本、日本語がだいすき。2006年3月から、EOS Kiss DNと一緒にたのしくお散歩をしています。文章と写真は関係がないことが多いです。写真だけをまとめてご覧になりたい方は、hanabi days on flickrへもどうぞ。

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